公正な判断基準で自らを省察する | 箴言 2章

RCJメディアミニストリー「ふくいんのなみ」のトップページへ戻る

箴言 2章

また、あなたは悟るであろう
正義と裁きと公平はすべて幸いに導く、と。日本聖書協会『聖書 新共同訳』 箴言 2章9節

公正な判断基準で自らを省察する

正統的で公同的なキリスト教。その信徒を自負する人びとは、私たちも含めて、反社会的集団とは関係がないと公言してきました。ならば、自らの内にも有り得る反社会性に無自覚であることは許されません。

牧会に関する特別委員会は、ミニストリー・リーダーの行動規範を、大会役員(牧師と長老)に提示しました。それが禁じている諸々の事柄は、世に言う反社会性に近似しています。公正な判断基準で、自らを省察し、改善を怠らない。これは、宗教法人である日本キリスト改革派教会の果たすべき社会的責務です。

公正(ミシュパト)は義(ツァディーク)と密接不可分です。神の義において行われる裁き(ミシュパト)は、救いをもたらします。神の裁きは、義という世界秩序に対する阻害を除去し、またその阻害によって脅かされた人を救う、社会的行為です。弱い人、孤独な人、貧しい人、困窮する人は、反社会的行為者の手から救済されねばなりません。「主は正しい人には良い考えを、完全な道を歩む人には盾を備える。裁きの道筋に従い、忠実な人の道を守るために。その時、あなたは見極められるようになる。正義と公正と公平が、幸いに至る唯一の道のりであることを」(2章7~9節、聖書協会共同訳)。

【祈り】

罪なき者が裁きの石を投げよと仰せになり、罪ある人を救われた主よ、あなたの義しい裁きを称えます。

二宮 創(太田伝道所)