王が発する一言の重みと罪深さ | 歴代誌上 10-29章

RCJメディアミニストリー「ふくいんのなみ」のトップページへ戻る

歴代誌上 10-29章

ダビデは、「ベツレヘムの城門の傍らにある、あの井戸の水を飲ませてくれる者があればよいのに」と切望した。日本聖書協会『聖書 新共同訳』 歴代誌上 11章17節

王が発する一言の重みと罪深さ

歴代誌上10章以下にはダビデ王の功績が記されています。数あるダビデの話の中で、地味ではあるものの注目に値する逸話があります。

あるとき、ダビデは「ベツレヘムの城門の傍らにある、あの井戸の水を飲ませてくれる者があればよいのに」と、深く考えもせずに自分の願いを口にします。ダビデに仕える3名の勇者は、命がけで敵陣を突破し、ダビデが所望する水を汲んできます。これにはさすがのダビデもこの水を飲むことができませんでした。「わが神よ、わたしはこのようなことを決してすべきではありません」と言って、自分の軽率な発言が部下の命を危険に晒したことを悔います。上に立つ者の言葉の重みを知ったダビデでした。

ところが、同じダビデはバト・シェバとの不倫が発覚しそうになったとき、熟慮の末、夫のウリヤを戦いの最前線に追いやり、戦死させてしまいます(サム下11章)。一方では命の尊厳を知るダビデであると同時に、他方ではそれを軽視するダビデです。罪ある人間は、まさにそのような矛盾を抱えて生きています。そういう罪の問題に先ず気が付くことが大切です。それと同時に、それだからこそ、私たちには罪を解決してくださる救い主が必要なのです。

【祈り】

主よ、矛盾を抱えた罪深いわたしを憐れんでください。あなたの救いにあずからせてください。アーメン

山下 正雄(RCJ メディア・ミニストリー)