贖う方を求める信仰 | ヨブ記 19章

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ヨブ記 19章

わたしは知っている
わたしを贖う方は生きておられ
ついには塵の上に立たれるであろう。日本聖書協会『聖書 新共同訳』 ヨブ記 19章25節

贖う方を求める信仰

因果応報の思想に基づいてヨブを責め、悔い改めを迫る友人たちの無理解な言葉に対して、ヨブは激しく反発し強く抗議をします。そして神の仕打ちを非道で不法であると訴え、深く嘆くのです。しかしそんなヨブが、やがて自分を贖う方すなわち神が、「塵の上に立たれるであろう」ことを知っていると述べています。「塵の上に立つ」とは、17章16節から考えますと、「陰府において立つ」ということでしょう。すなわち、ヨブは自分が死んで陰府に降った後に、神が贖う方として自分のことを弁護してくださることを知っていると、確信をもって述べているのです。また「贖う方」とは「近親者」を表しますから、自分を見捨てた家族に代わって、神ご自身が自分の近親者として自分の無実を証言してくださるという確信であるとも言えるでしょう。

ヨブは自分に対する神の不当な扱いを嘆き訴えつつ、同時にこの自分のことを本当に理解して弁護してくださるお方は、神だけであると確信しているのです。この一見理屈に合わないヨブの信仰の確信は、いまや仲保者イエス・キリストにおいて成就しました。この主イエス・キリストの贖いのゆえに、罪深い私たちがきょうもすべての罪を赦されて、主に従い生きることができるのです。

【祈り】

主イエスよ、どんなときも贖い主なるあなたの執り成しに感謝して、あなたに従わせてください。

吉田 実(但馬みくに伝道所)