主御自身が建てられる | 詩編 127編

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詩編 127編

主御自身が建ててくださるのでなければ
家を建てる人の労苦はむなしい。
主御自身が守ってくださるのでなければ
町を守る人が目覚めているのもむなしい。日本聖書協会『聖書 新共同訳』 詩編 127編1節

主御自身が建てられる

家や教会を建設することがあります。会社を興すこと、新しい事業を立ち上げることもあります。そのために計画を練り、必要な材料を集め、自分の出せる知恵や力を絞り出して、打ち込む時があります。

成功することもあれば、失敗することもあります。そのような私たちに詩人は言います。「主御自身が建ててくださるのでなければ家を建てる人の労苦はむなしい」。

苦労をして成功を掴みたいと願い、私たちはそのために努力をします。しかし、努力さえしていたらうまくいくわけでは決してありません。人の力を超えて、はるかに大きく、豊かに働かれる主の支えがなくては何かを成し遂げることはできません。

「人の労苦はむなしい」。これは、建てるための努力自体がむなしいということではありません。神をまるでいないかのようにして、人の力にだけに頼ろうとする生き方がむなしいのです。

事業や建設もそうですが、神の民の教会形成にとって欠かせないことがあります。支えてくださる神への信頼の中で、労苦する者を神御自身が見守り、支えてくださいます。

國安 光(園田教会)