コリントの信徒への手紙二 4章7-15節
「わたしは信じた。それで、わたしは語った」と書いてあるとおり、それと同じ信仰の霊を持っているので、わたしたちも信じ、それだからこそ語ってもいます。日本聖書協会『聖書 新共同訳』 コリントの信徒への手紙二 4章13節
我は
石原 知弘(東京恩寵教会)
「わたしは信じた。それで、わたしは語った」と書いてあるとおり、それと同じ信仰の霊を持っているので、わたしたちも信じ、それだからこそ語ってもいます。日本聖書協会『聖書 新共同訳』 コリントの信徒への手紙二 4章13節
石原 知弘(東京恩寵教会)
2021年4月の聖書日課をまとめて表示します。
「コリントの信徒への手紙二」の聖書日課をまとめて表示します。
石原 知弘が担当した聖書日課をまとめて表示します。
使徒信条は、「我は」と一人称単数形で信仰を告白します。他の誰かがこう思っているとか、世の中ではこう考えられているということではなく、この「わたし」が信じていることを告白するのです。
その内容は、父、子、聖霊なる神とその働きです。そして、「我は」という告白は、この神ご自身が「わたしは」と言われる人格的な交わりによって引き出されるものです。神はモーセに「わたしはある」と言われ(出3章14節)、主イエスもまた「わたしはある」と宣言されました(ヨハ8章24節)。父と御子が、他の誰でもなく「わたし」があなたの神であると言われたのです。この神に、「わたし」もまた信仰の告白をもって応えるのです。
そして、この告白は、「同じ信仰の霊」、すなわち聖霊を持つ人たちと共にもなされます。信条の中には「我々は」と始まるものもあります。それは教会としての信仰告白だからです。使徒信条もまた、多くの「わたし」によって告白されてきました。私たち一人ひとりがその歴史に連なり、この信仰告白の恵みをまた次の世代へと受け渡していくのです。