ヘブライ人への手紙 11章
この人たちは皆、信仰を抱いて死にました。約束されたものを手に入れませんでしたが、はるかにそれを見て喜びの声をあげ、自分たちが地上ではよそ者であり、仮住まいの者であることを公に言い表したのです。日本聖書協会『聖書 新共同訳』 ヘブライ人への手紙 11章13節
この人たちは皆、信仰を抱いて死にました。約束されたものを手に入れませんでしたが、はるかにそれを見て喜びの声をあげ、自分たちが地上ではよそ者であり、仮住まいの者であることを公に言い表したのです。日本聖書協会『聖書 新共同訳』 ヘブライ人への手紙 11章13節
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「この人たちは皆、信仰を抱いて死にました」。ここでは「信仰を抱いて生きました」と語られているのではありません。「生きた」のではなく「死にました」と語られています。この短い1句にも、キリスト教信仰の根幹になることが言い表されています。
信仰は、この地上において生きることへの慰めや励ましを私たちに与えてくれます。しかし、信仰は生きている間のことだけではありません。ましてや信仰はただこの世を上手く渡っていくための手段のようなものでもありません。信仰はこの世を越えた神の恵みに生かされることです。
信仰は、死ぬことと関わっています。罪の支払う報酬は死ですが、主イエスは罪の贖いのために十字架で死なれ、復活してくださいました。この方によって今や、死は「永遠の命への門」となりました。私たちはこの地上の歩みを終えて死に、命に至ります。死の厳しさは残されていますが、もはや死は私たちを決定的に脅かすことはできません。
「信仰を抱いて死にました」。ここには幸いがあります。信仰は生きる時と死ぬ時の唯一の慰めです。