我らの足はよろめいた | 詩編 66編

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詩編 66編

神は我らの魂に命を得させてくださる。
我らの足がよろめくのを許されない。日本聖書協会『聖書 新共同訳』 詩編 66編9節

我らの足はよろめいた

「よろめく」とは「揺らぐ」「滑る」という意味で、神の民の歩み、共同体の足取りを譬えます。神の民は先祖も子孫も、抗うことのできない不幸へ足を滑らせます。共同体は昔も今も、圧倒的な災難に遭い、足もとが揺らぎます。信仰者は誰も彼も、死へと足取りがよろめくのです。

しかし、神はそれをお許しになりません。よろめく信仰者を罰することも、失格とみなすこともありません。主は「傷ついた葦を折ることなく、暗くなってゆく灯心を消すこと」もないのです(イザ42章3節)。

神の民が足を滑らせても、神は、彼らが死へと落ち込むことを許可なさいません。彼らの魂に命を得させてくださいます。ご自分の民を死から守ろうとなさり、共同体の足取りを命へ導こうとなさいます。主の憐れみと慈しみによって、神の民は罪の捕囚から解放され、共同体は神の平和に帰還するのです。そして、信仰者は礼拝に復帰し、たとえ足がよろめくことがあっても、喜びの叫びをあげることができるのです。私たちに命を得させてくださる主に全幅の信頼をおいて、きょうも歩みましょう。

二宮 創(太田伝道所)