民数記 27章
「主よ、すべての肉なるものに霊を与えられる神よ、どうかこの共同体を指揮する人を任命し、彼らを率いて出陣し、彼らを率いて凱旋し、進ませ、また連れ戻す者とし、主の共同体を飼う者のいない羊の群れのようにしないでください。」日本聖書協会『聖書 新共同訳』 民数記 27章16節~17節
群れを率いる牧者
村手 淳(山梨栄光教会)
「主よ、すべての肉なるものに霊を与えられる神よ、どうかこの共同体を指揮する人を任命し、彼らを率いて出陣し、彼らを率いて凱旋し、進ませ、また連れ戻す者とし、主の共同体を飼う者のいない羊の群れのようにしないでください。」日本聖書協会『聖書 新共同訳』 民数記 27章16節~17節
村手 淳(山梨栄光教会)
2019年1月の聖書日課をまとめて表示します。
「民数記」の聖書日課をまとめて表示します。
村手 淳が担当した聖書日課をまとめて表示します。
イスラエルの民が約束の地に入る前に、神は、モーセに代わってヨシュアを指導者とするように指示されます。モーセ自身も、自分が約束の地に入ることができないと知ったとき、自分に代わる共同体の指導者を神に求めました。「飼う者のいない羊の群れのようにしないでください」というモーセの祈りは、主イエスが飼い主のいない羊のように弱り果て、打ちひしがれている群衆をご覧になり、深く憐れまれたのと同じです(マタ9章36節)。
神の民、信仰共同体は、民がいれば成立するものではなくて、その共同体を率いる者、指揮する人がいなければ、出陣も凱旋も、進ませたり連れ戻したりすることもできない群れとなります。そして、その真の牧者は神ご自身なのです。
ですから、神が立てられた牧者は自分勝手に指揮するのではなく、神の聖なることを示す者でなければいけません。牧者であったモーセは、その使命を十分果たせなかったため、約束の地を見渡すことはできましたが、約束の地に入ることは許されませんでした。牧者の働きを覚えて祈りましょう。