天におられるわたしたちの父よ | マタイによる福音書 6章

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マタイによる福音書 6章

「また、あなたがたが祈るときは、異邦人のようにくどくどと述べてはならない。異邦人は、言葉数が多ければ、聞き入れられると思い込んでいる。彼らのまねをしてはならない。あなたがたの父は、願う前から、あなたがたに必要なものをご存じなのだ。だから、こう祈りなさい。
『天におられるわたしたちの父よ、…』」マタイによる福音書 6章7節~9節

天におられるわたしたちの父よ

私たちは、ひどい病気ではないかという不安な気持ちで病院に行くことがあります。原因が分からないと不安です。医者は病気の原因をつきとめ、薬を出して治すことができますし、不安の理由も病人以上に知っています。

私たちの祈りもこれと似たところがないでしょうか。私たちは自分に起きている危機が何であるか分からず、さらにどうしたらよいのかも知りません。医者が病人よりも病気のことを知っているように、まして父なる神は子である私たちの必要を願う前からすべてご存じです。くどくどと言葉を重ねて祈らなくても、ご存じなのです。

それなら、なぜ私たちは祈るのでしょうか。神がすべてを知っておられるなら、祈る必要はないのではないかと疑問が起こります。

しかし、主イエスは祈りの手本として主の祈りを教えてくださいました。それは私たちが心を神に向けるためです。神は恵みを与えようと常に待ち構えておられます。そして、私たちが祈るとき、神はいつも恵みを与えてくださいます。祈りによる神との交わりそれ自体が恵みなのです。

西堀 元(熊本伝道所)