醜悪な本性 | サムエル記下 11章

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サムエル記下 11章

ダビデのしたことは主の御心に適わなかった。
日本聖書協会『聖書 新共同訳』 サムエル記下 11章27節

醜悪な本性

ダビデは全く欠陥のない聖人君子ではありません。

11章に記されるダビデの悪事は、他人の妻を奪うということだけではありません。バト・シェバとのよこしまな行為を隠そうと、ダビデは、その重大性を十分に自覚しないまま、計略によってバト・シェバの夫ウリヤを死に追いやります。それは、ダビデに対する彼の誠実さ、忠誠心を何より踏みにじるものでした。

なぜダビデがこのような罪を犯すことになったのか。聖書は何も語っていませんので、バト・シェバにも責任があると言い訳をしたり、責任をなすりつけ合ったりしても無意味です。ダビデのしたことは主の御心に適わない。その一言に集中する必要があります。

神の御心に適っているかどうか、それは難解な作業を必要としません。神の御心はいたって単純です。それを受け入れられないところに、人間の醜い本性があります。そして、その醜い本性は、私たち自身の問題でもあります。私たちもまた単純なはずの神の御心が見えないことがあります。神の赦しと憐みを求めて、祈り合いましょう。

金田 知朗(宇都宮教会)