キリストへの時間

神の完全さに適う

放送日
2010年3月14日(日)
お話し
宮武輝彦(芸陽教会牧師)

宮武輝彦(芸陽教会牧師)

メッセージ: 神の完全さに適う

 おはようございます。芸陽教会の宮武輝彦です。
 「神は御自分にかたどって人を創造された」(創世記1章27節)と聖書は、わたしたちに人間が神に造られたものであることを明らかにしています。そして、人間は神に造られたものであるだけでなく、いつも神さまの完全さに調和して生きるとき、その本来のすばらしさを表すものとして造られたのです。神さまの完全さは、神さまが造られた自然や宇宙の美しさや秩序の中にもよく感じ取ることができます。

 それでは、わたしたち人間は神にかたどって造られたものとしてその完全さに調和して生きているかというと、決してそうではないことに気づかされます。人間にとって完全であることは、多くの場合人の基準です。そして、人間にとって完全とは、人間のつくったものさしに人間自身が合わせることであり、そのために言いようのない心苦しさを覚えることが多いのです。しかしながら、人間は神の完全さに適って生きるとき、人間はその本来の心と姿を回復します。

 イエス・キリストは、神の愛する独り子としてこの世に来られて、この神の完全さに適って生きてくださいました。そしてそのことは、イエス・キリストの祈りに最もよくあらわれています。しばしば、イエス・キリストはこのように天の父に向かって祈られました。そして、その祈りの度ごとに、御自身が神の完全さに適って生きておられる御方であることを、人々に明らかにしてくださいました。

 あるときイエス・キリストが祈り終えると、弟子の一人が「お祈りを教えてください」と頼みました。このとき、イエス・キリストは祈るときにはこう言いなさいと教えてくださいました。
「父よ、御名があがめられますように。御国が来ますように。わたしたちに必要な糧を毎日与えてください。わたしたちの罪を赦してください。わたしたちも自分に負い目のある人を皆赦しますから。わたしたちを誘惑に遭わせないでください。」(ルカによる福音書11章1-4節)と。わたしたちが神の完全さに適って生きようとするとき、人間のはかりに適って生きられないことに苦しむことよりも、神の完全さを心から喜んで生きるように変えられていきます。それは本来、人間は、神さまの完全さを喜んで生きるように造られているからであり、それは愛の交わり、つまり、祈りと神さまのすばらしさをほめたたえる賛美において、最もその完全な姿を明らかにされるものなのです。イエス・キリストが弟子の一人に教えてくださったお祈りは今、「主の祈り」と呼ばれて、キリストの教会で皆でお祈りするだけでなく、一人一人のお祈りの模範そのものです。そしてそこで求められていることは、神の完全さに適って生きることです。

 「父よ、御名があがめられますように。御国が来ますように。」とは、神さまのすばらしさがこのわたしたちを通して完全にあらわされていきますように、という祈りです。この祈りをわたしたちがまるで神の子のようにささげることができるのは、ただ、イエス・キリストがわたしたちのために十字架の上で、神さまとの完全な交わりを回復するためにおささげくださったからです。

 「わたしたちに必要な糧を毎日与えてください。」とは、わたしたちが神さまからいただく恵みのすべてを忘れないためにも大切なお祈りです。食べ物、着物など、すべての必要を満たしてくださるのは、天と地を造られた神さまです。そして、神さまの完全さに適うことのできないわたしたちのすべてのこと、罪、とが、あやまちを、イエス・キリストの十字架の上で成し遂げられた、ただ一つの犠牲によってゆるしてください。同じように、わたしたちもお互いにゆるし合うことができますように。そのようにして、わたしたちが神さまの完全さを損ない、自分を失ってしまうような誘惑に遭うことがないようにと、祈るのです。

「わたしたちではなく、主よ わたしたちではなく あなたの御名こそ、栄え輝きますように。あなたの慈しみとまことによって。」詩編 115編1節。

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