8月29日(土) 詩編136編
恵み深い主に感謝せよ。
慈しみはとこしえに。
日本聖書協会『聖書 新共同訳』詩編 136編1節
136編は、各節の結びに「慈しみはとこしえに」と繰り返される、非常に印象的な賛歌です。この繰り返しの冒頭には、ヘブライ語で理由を表す接頭接続詞「キー(なぜなら)」が含まれていて、神を賛美すべき確かな根拠が示されています。「なぜなら、慈しみはとこしえに」なのです。
「慈しみ」と訳された「ヘセド」は、新改訳では「恵み」であり、神と人の間の契約に基づいた揺るぎない愛や忠実さ、誠実さを意味します。神の愛、慈しみ、恵み、憐れみは永遠で、変わることのない神のご性質です。
イスラエルの民の歩みは、まさにこのヘセドの歴史でした。神の創造と摂理の中には、神のヘセドが深く刻まれています。人間の堕落後も、神のヘセドは変わりません。神の民イスラエルが繰り返し神に背き、偶像を礼拝しても、神のヘセドが途絶えることはありませんでした。詩人は神の救いの御業を一つずつ数え上げながら、その慈しみ深さを、確信をもって歌い上げています。
私たちも、神を礼拝するときも日常の歩みの中でも、この変わることのない神の慈しみを覚え、詩人と共に賛美の声を合わせたいものです。主の恵みにあずかる喜びが私たちの弱さを支え、常に私たちと共にあることを感謝しましょう。
【祈り】
罪を悔いてはまた犯す私たちですが、なおも憐れんでくださるあなたの恵みに感謝します。



