
山下正雄(ラジオ牧師)
メッセージ:「タイパ」に疲れたあなたへ
【高知放送】
【南海放送】
おはようございます。心の元気を応援する山下正雄です。
最近、「タイパ」という言葉をよく耳にします。タイムパフォーマンス、つまり、「時間対効果」のことです。動画は倍速で見る、移動時間も学習時間に変える、待ち時間にはスマホでニュースをチェックする。限られた時間を一秒も無駄にしない生き方が、当たり前になりつつあります。
時間を大切にすること自体は、悪いことではありません。私たちの人生には、限りがあります。効率よく動くことで、助かる場面もたくさんあります。しかし、その一方で、「何もしない時間」に罪悪感を覚える人が増えているように思います。
電車に乗っていても、食事をしていても、寝る前でさえも、何かを見たり、聞いたり、学んだりしていなければ、「損」をしている気がする。気づけば、私たちは、常に何かに追われています。けれども人間は、機械ではありません。機械は止まれば価値を失いますが、人間は違います。働いている時だけ価値があるのでも、成果を出している時だけ意味があるのでもないはずです。
聖書に、こんな言葉があります。「お前たちは、立ち帰って 静かにしているならば救われる。 安らかに信頼していることにこそ力がある」(イザヤ30:15)。
「もっと頑張れば安心できる」、「もっとこなせば満たされる」…私たちはそう考えがちです。しかし神は、「静かにしていることにこそ力がある」と語られます。これは、「怠けなさい」という意味ではありません。自分の力だけで人生を支えようとするのをやめて、神に信頼して生きることを意味しています。
聖書には、「安息」という考え方があります(出エジプト20:11参照)。神が世界を創造された後、七日目に休まれた。その出来事に由来するこの言葉は、単なる休暇でも、疲れを取ることでもありません。神は人間に、「休むこと」も大切な務めとして与えてくださったのです。
ところが私たちは、休むことさえうまくできなくなっています。休暇中にもメールを確認し、スマホを手放すことができず、「何か有益なことをしなければ…」と焦ってしまいます。そんな私たちに、神は、こう問いかけておられるようです。「何かを生み出していない時のあなたにも、価値があることを知っていますか」と。
私たちは、成果によって愛されるのではありません。神に造られた存在として、すでに大切な者とされているのです。だから、時には立ち止まってもよいのです。空を見上げる時間があってもよい。静かな朝にコーヒーを一杯飲みながら呼吸する、そんな時間があってもよいのです。
効率を追い求める世界は、「もっと速く」と私たちを急かします。しかし神は、「静かにしなさい」と語られます。人生で本当に大切なものは、急いでいる時には見えないことがあるからです。
もし今、タイパに疲れて心が休まらない、と感じているなら、一日のほんの数分だけ立ち止まってみてください。何もしない時間は、無駄な時間ではありません。神の前で静かに過ごす時間は、失われた時間ではなく、心を取り戻す時間です。そして、その静けさの中で、私たちは、自分が愛されていることを改めて知るのです。
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