6月21日(日) マタイ10章26-33節
「だから、だれでも人々の前で自分をわたしの仲間であると言い表す者は、わたしも天の父の前で、その人をわたしの仲間であると言い表す。」日本聖書協会『聖書 新共同訳』マタイによる福音書 10章32節
主イエスは、人びとを恐れるな、と繰り返し三度も命じて励ましておられます。主ご自身がベルゼブル、悪霊の頭だと罵られましたから、同じように、弟子であるなら、罵られ、苦しむのは必至です。キリストの足跡に続きなさいということです。また、主イエスが弟子たちにひそかに教え、暗闇で耳打ちされた奥義を、明るみに出して、屋根の上で堂々と言い広めなさい、説教しなさいと命じられます。神の国の福音とは、隠そうとしても隠し切れるものではない、本質的に公に表されるものだからです。
そして、迫害が起きて、死に脅かされるようなことがあっても、魂を殺すことのできない者を恐れてはならない。それ以上に、終わりの裁きの日に、体も魂も滅ぼすことのできるお方である、神を畏れなさい、とも主は言われました。天のお父様が、すずめ一羽さえも、髪の毛一本さえも、配慮して養ってくださいます。ならば、なおのこと私たちには、かけがえのない、愛するわが子として、鍛錬を与え、清めようとされます。
地上において、主イエスを知らないと言うことなく、どのような迫害を受けようとも、父の霊、聖霊の御力によって、主イエスを言い表し、キリストを告白するならば、天の父なる神が喜んで迎え入れてくださいます。
【祈り】
人を恐れず、迫害があっても、天にいます父の愛のうちに、主イエスを言い表すことができますように。



