あさのことば

気の毒ということ

放送日
2015年9月24日(木)
お話し
尾崎純(東洋宣教教会牧師)

尾崎純(東洋宣教教会牧師)

メッセージ: 気の毒ということ

 いかがお過ごしでしょうか。東京練馬の光が丘にあります東洋宣教教会で牧師をしております、尾崎純と申します。
 今日ご紹介したいのは、宮沢賢治が書いた『銀河鉄道の夜』の中の、ジョバンニという登場人物の言葉です。
 「僕はあの人が邪魔なような気がしたんだ。だから僕はたいへんつらい」。

 ジョバンニは、自分の罪深さに苦しんでいます。それは、ジョバンニだけではないでしょう。私たちは皆、多かれ少なかれ自分の罪深さに気づいていて、そのことをつらいと考えています。ジョバンニは、「僕はあの人が邪魔なような気がしたんだ。だから僕はたいへんつらい」と言いました。ここでもし、人を邪魔だと思うジョバンニがつらい気持ちでなかったとしたら、それは罪深さをつらく思う私たちにとって、つらいことです。

 ジョバンニは、最初、その人のことをよく思っていませんでしたが、やがて、その人は「気の毒」だと思うようになります。これが転機になって、「あの人の幸せのために自分自身を使いたい」と願うようになります。「気の毒」だ、というのは共感した、ということです。自分の立場を捨てて、相手の立場に立ったということです。それによって、私たちは変えられ、相手も変えられていきます。

 聖書に書かれているのも同じことです。私たちのことを「気の毒」に思ってくださり、そんな私たちのために自分自身を使ってくださった方がおられます。その方のことを、身近に感じてみてください。あなたも、変えられるはずです。

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