キリストへの時間

変わりやすい人の心

放送日
2026年3月29日(日)
お話し
小出昌司(高知教会牧師)

小出昌司(高知教会牧師)

メッセージ:変わりやすい人の心

【高知放送】

【南海放送】

 おはようございます。高知市の「とさでん上町4丁目」の電停を南に入ってすぐの公園の裏にある、改革派高知教会牧師の小出昌司です。

 新年度や新学期を間近に控えて、準備のために忙しい時を過ごしておられると思います。キリスト教会の今年の暦では、今日から「受難週」と呼ばれる期間に入ります。
 
 イエスさまは、今日、神殿のあるユダヤの都エルサレムにお入りになりました。イエスさまが来られるのを待ち焦がれていた人々は、イエスさまの姿を見つけると、シュロの葉を打ち振って、「今、救ってください」という意味の「ホサナ」という言葉を叫びながら、お迎えしたのです(マタイ21:1-10参照)。
 
 そのために、エルサレム入りされた日曜日のことを、「棕櫚主日」とか「Palm Sunday」と呼んでいますが、人々は、イエスさまを、ローマ帝国の圧政から救ってくれるダビデのような強い王、ソロモンの時代のような王国の繁栄を取り戻してくれる革命家のような王、という期待をもって出迎えたのです。
 
 ところが、それから僅か数日経たないうちに、人々の声は、「十字架に付けろ」という罵声に変わったのです。それは、イエスさまが人々の期待していたこの世の目に見える苦しみからの解放者としてではなく、人間の罪によってもたらされた、あらゆる悲惨からの解放者として来られたことが分かったからです。
 
 先日、「とさでん」の中で、隣に座っている方が十字架のネックレスを掛けているのを見て、「クリスチャンの方ですか」とお尋ねすると、帰ってきた答えは「いいえ」でした。世の中には、十字架を象ったアクセサリーが色々ありますが、その方は、イエスさまが十字架に架けられて死んだことは知っておられましたが、なぜ死んだのかについては知らないようでしたので、その方が降りられるまで、十字架の意味についてお話をしました。
 
 降りられる時に「ありがとう」と言われた、素直な言葉にほっとさせられましたが、せめて自分の身に着けている物は、アクセサリーであれ何であれ、その意味やいわれは知っておいて欲しいと思いました。

 今日から始まる一週間がどんな意味を持っているのか、少しお話しさせてください。イエスさまは、この週の木曜日に、12人の弟子たちの足を洗うことによって、ご自分が十字架に架けられたあと、弟子たちお互い同士が謙遜の心をもって仕え合うことを、目に見える形で教えられました。

 そして、弟子たちと一緒に最後の晩餐を摂ったイエスさまは、そのあと逮捕されて、翌日の金曜日には、人々の「十字架に付けろ」という言葉を受けながら、処刑場に送られ、十字架に架けられて死なれたのです。

 それは、私たち人間の身代わりになって、神さまから罪の審きを受けるためであったのですが、当時の王や支配者にとっては、自分たちの権力の座を守るためでしたし、宗教指導者たちにとっては、自分たちの権威や職業を守るためであったのです。そして人々は、期待外れのイエスさまに失望して、手の平を返したかのように「十字架に付けろ」と叫んだのです。
 
 この世の全ての人間の思惑が一致した時、神は、人間を審くのではなく、かけがえのない一人息子のイエスさまを、人間の身代わりとして十字架に審くことによって、怒りを鎮め、人間をお赦しになられたのです。ここに、神の大きな愛を見ることができるのです。そして三日目に、この大仕事を終えられたイエスさまを、お墓の中から復活させたのです。

 今年の復活祭・「イースター」は、4月5日です。その日、教会であなたにお会いできればと願っています。

今週のプレゼント ≫メッセージCD「慰めを与える神」 (5名) 【締切】4月4日

※ホームページでは音楽著作権の関係上、一部をカットして放送しています。

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  2. 詩編95編の祈りに心を合わせて~大きな大きな大きな神様の手の中で

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