あさのことば

絶望とは

放送日
2016年3月10日(木)
お話し
小宮山裕一(ひたちなか教会牧師)

小宮山裕一(ひたちなか教会牧師)

メッセージ: 絶望とは

 おはようございます。ひたちなか市足崎にあります、ひたちなか教会の小宮山裕一です。
 私たちの人生には多くの不安があります。不安それ自体は避けることができませんし、不安に思うことは恥ずかしいことでもありません。しかし不安も大きすぎると押しつぶされてしまうこともあります。
 今日は絶望について考えたいと思います。朝早くにこの放送をお聞きになっている方は、朝から暗い話しだなぁと思われるかもしれませんが、おつきあいください。

 この絶望ですが、文字通り希望が絶えてしまうことです。希望がない。先が見えない。このような状況では人は誰しもが不安に思えるでしょう。
 そして、絶望には多くの場合理由があります。その理由や原因が自分だとしたら、その責任を感じるようになります。絶望にはこうした将来に対する不安や、自分に対しての罪の意識を伴うのです。

 こうした絶望から解放されるためには、どのように歩めばよいのかを今一度確認して、自らが歩む道を勇気をもって踏み出すことです。この新しい生き方を信仰といいます。信仰とはそれまでの生き方から一歩踏み出して、神様を信じる道を歩き出すことです。それは、絶望的な状況から脱出して、新しい光を受けて生かされることです。

 旧約聖書にはこのような言葉があります。「あなたの御言葉は、わたしの道の光 わたしの歩みを照らす灯」(詩編119:105)
 絶望から抜け出すために、また絶望に陥らないために、神の言葉を信じて、歩むことが大切です。
 どうぞ、神からの言葉である聖書を読んでみてください。

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