
小出昌司(高知教会牧師)
メッセージ:人生はマラソンと同じ
【高知放送】
【南海放送】
おはようございます。高知市の「とさでん上町4丁目」電停を南に入ってすぐの公園の裏にある、改革派高知教会牧師の小出昌司です。
毎年この時期になると、日本の各地でマラソン大会が開かれています。私はスポーツ全体が苦手ですが、特に、長距離走は大の苦手でした。それは、私には忍耐力や持久力が不足しているからだと思います。でも、映像でマラソン競技を見るのは好きでした。それは、走っている競技者の表情や走り方に興味を惹かれるからです。マラソンは、個人競技ですから、団体競技とは違って、孤独と戦いながら走っている競技者の姿に感動させられます。
あるマラソン大会を見ていた時、「マラソンって人生に似ているな」と思いました。走る距離が長いだけではなく、クネクネと曲がった道やアップダウンの激しい道がありますから、競技者には、道に合わせた走り方や、脚力の消耗を防ぐ走り方が求められます。
しかしある時、「ブラインドマラソン」と呼ばれる、視力にハンディキャップのある競技者のマラソン競技を見た時、大きな感動と、応援しているはずの私が励まされました。競技者の手が、伴走する健常者の手と、ガイドロープで繋がれているだけではなく、伴走者は常に、競技者に話しかけていることが、口の動きで分かりました。
私の人生にも、目に見えないガイドローブで繋がれた方がいて、その方は、いつも言葉で励ましや指示を与えてくださいます。だからこそ、80年という起伏ある人生を走ってくることができたのです。そのお方とは、イエス・キリストというお方です。
マラソンの起源は、西暦が始まる前のマラトンの丘でのギリシャとペルシャの戦いに起源があります。小国ギリシャが大国ペルシャに勝利したニュースは、ギリシャの伝令士によって、40㎞ほど離れた故国に走って伝えられました。
その当時すでに、古代オリンピックが、ギリシャのオリンポスで4年ごとに開かれていましたから、新約聖書は、人生をマラソン競技にたとえて、「自分に定められている競走を忍耐強く走り抜こうではありませんか」(ヘブライ12:1)と勧めています。
現在のマラソン大会では、上位入賞者にはメダルが与えられますが、人生のレースでは、完走することが求められているのですから、タイムを気にしながら走るのではなく、人生のゴールまで完走することを目指して走ればよいのですが、走り続けることが苦しく困難になる時が、しばしば訪れます。
マラソン競技のコースの要所要所に、給水所が備えられているように、人生レースにも、7日目ごとに教会という給水所が備えられていますから、教会に立ち寄って、キリストの命の言葉によって心の疲れが癒され、また次の新しい一週間を走り抜くことができる力が湧いてくるのです。
ブラインドマラソンでは、競技者自身が、自分の脚力や持久力をよく知っている、自分よりも走る力の大きい人を伴走者に選びます。あなたも、キリストと一緒に人生を走って見ませんか。そうすれば、キリストが、労りと励ましの言葉を掛け続けて下さるのです。そして、疲れた時、もう走れないと思った時には、教会という給水所に立ち寄ってください。
※ホームページでは音楽著作権の関係上、一部をカットして放送しています。









