リジョイス聖書日課

ヨハネ9章 光の裁き追放する社会受入れる教会

放送日
2026年3月15日(日)
お話し
相馬伸郎(名古屋岩の上教会牧師)

3月15日(日) ヨハネ9章

「わたしがこの世に来たのは、裁くためである。こうして、見えない者は見えるようになり、見える者は見えないようになる。」
日本聖書協会『聖書 新共同訳』ヨハネによる福音書 9章39節

 生まれつき目の見えない男性が、エルサレム神殿へと続く大通りで物乞いをしていました。弟子たちは、主イエスに尋ねます。「だれが罪を犯したからですか」と。彼らですら、生まれつきの障害は罪の罰であるという先入観に囚われていました。

 しかし、主イエスは、「神の業がこの人に現れるため」と、過去の原因ではなく、将来に現れる神の栄光に目を向けさせられます。そして、創造者であられるイエスは、その真理を証しするため、一方的に癒されました。

 しかし、真の闇はここから始まります。ファリサイ派の人びとは、主イエスによる神の御業を信じず、むしろ安息日を汚した罪人と非難しました。男性は両親にすら距離を置かれ、主イエスを否定するように圧力をかけられます。しかし、彼は「生まれつきの盲人なのに、今は見える」と事実を証言します。その結果、彼は会堂から追放されます。物乞いすら許されないという社会的制裁を受けるのです。しかし、主は彼と共に歩まれます。

 主の真理と正義の光は、自分こそ正しいとうぬぼれる人の目を曇らせ、ますます神から遠ざけます。しかし、キリストのゆえに世の冷たさを身に負う人は、霊的な眼が開かれ、父なる神の教会に受け入れられるのです。

 【祈り】

 光の主よ、わたしの瞳を洗い続けてください。美しい主と共に悪しき世も見えます。苦難に負けず、主イエスを仰ぎ光の道を歩ませてください。

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