2月10日(火) サムエル下22章
彼らが攻め寄せる災いの日、主はわたしの支えとなり、わたしを広い所に導き出し、助けとなり、喜び迎えてくださる。
日本聖書協会『聖書 新共同訳』サムエル記下 22章19-20節
詩編の詩人たちは神の介入を求めて祈ります。しかし、きょうの箇所は、ダビデの詩がサムエル記全体の締めくくりにありますので、祈りに先立って神がまずダビデの人生を確かに導かれたことを教えています。神がダビデより先に動いてくださいます。
ダビデは王であり、詩人でもありました。天と地をつなぐ言葉を紡ぎ出します。「主はわたしの岩」と賛美します(2節)。もちろん神は岩そのものではありません。しかし、人生の多くの時間を戦いに費やしたダビデにとって神のご存在は彼をかくまい守る岩そのものだったでしょう。
またダビデは詩人として聖書の現実の中に入り込んでいきます。シナイ山で十戒を与えてくださった時のように「主は天を傾けて降り」(10節)、モーセのようにダビデを「大水の中から引き上げてくださる」のです(17節)。ダビデにとって聖書は、その中を生きる現実でした。
神はダビデを「陰府」(6節)という低さの極みから救い、「国々の頭」(44節)としてくださいました。この圧倒的な救いに感謝して、ダビデは自分の言葉で賛美します。
ダビデは人生を十分に生きました。ダビデにとって人生とは神と共に生きること。その現実をダビデは歌にしました。神を受け入れる人生こそ、神に認められた広く大きな人生です。
【祈り】
あなたの与えてくださる救いを新しい言葉で賛美させてください。









