サウロ(後のパウロ)の回心と務め | 使徒言行録 9章

RCJメディアミニストリー「ふくいんのなみ」のトップページへ戻る

使徒言行録 9章

すると、主は言われた。「行け。あの者は、異邦人や王たち、またイスラエルの子らにわたしの名を伝えるために、わたしが選んだ器である。わたしの名のためにどんなに苦しまなくてはならないかを、わたしは彼に示そう。」(使徒9:15-16) 使徒言行録 9章15節~16節

サウロ(後のパウロ)の回心と務め

サウロは、律法に基づく信仰の確信をもってキリスト者を迫害していました。復活の主イエスは、彼に「なぜ、わたしを迫害するのか」と問われました。この問いの中に、キリスト者と主イエスとが一つに結ばれた存在であることがはっきりと示されます。

天からの光を浴びた彼は倒れ、目も見えません。主は直接ご自身でなさらず、アナニアを用いて目を開かせます。しかもサウロの将来をアナニアに示されます。キリスト者とその信仰が仲間と共に教会を建てるべきものであることを、彼らに示すためです。

主は、このサウロを激しく憐れみ、救いたいのです。同時にそれは、主イエスの御名を告げ広める「務め」を託すためでもあります。またアナニアへの務めは、彼の隣人となって祈り、キリスト者の基本を伝授することでした。こうして彼らは、主の「器」として務めを担い、そのようにして主の御心を実現する栄光の器とされるのです。

私たちも主の務めのために選ばれた器です。一つの同じ務めと共に、各々に固有の務めも与えられています。互いの務めに感謝しつつ、共に主の栄光に奉仕しましょう。

相馬 伸郎(名古屋岩の上教会)