10月26日(月) ヨエル1章
ああ、恐るべき日よ
主の日が近づく。
全能者による破滅の日が来る。
日本聖書協会『聖書 新共同訳』ヨエル書 1章15節
思いがけない失敗や行き詰まりを覚えるときに、「天を仰ぐ」と表現することがあります。当たり前と思っていた日常生活や楽しみが、ある日突然失われる。そんなどうしようもない状況に直面したとき、私たちは天を仰ぎます。
「ヤハウェは神」を意味する名の預言者ヨエルは、未曾有の国難を前に、人びとが天を仰いで嘆く姿を描きます。いなごと干ばつという国の壊滅的な状況を、ヨエルは来たるべき「主の裁きの日」の前触れとしてとらえます。人の力を超えた災いを前に、私たちは無力です。主の裁きを前に、祭司たちは主の民に、神殿に集まり、神に立ち帰り、主に嘆きの祈りをささげるよう、呼びかけます(14節)。
全能者である主の裁きを前に、罪ある私たちは、憐れみを乞うほかありません。しかし、キリスト・イエスに結ばれている者にとって、主の日はもはや恐怖の日ではなく、救いの日です(ロマ8章1節)。十字架の御業によって、罪の赦しが成し遂げられたからです。天を仰いでささげられた嘆きの祈りに、主は確かに耳を傾けられます(詩116編参照)。
目まぐるしく変化する時代にあって、御言葉は主に立ち帰るよう、きょうも呼びかけています。
【祈り】
主よ、天を仰ぎ祈る私たちに、十字架によって応えてくださり、感謝いたします。


