
新井主一(高島平キリスト教会牧師)
メッセージ:八方塞がりであっても~詩編8編から~
おはようございます。高島平キリスト教会牧師の新井主一と申します。
今日で、8月が終わります。多くの場合、夏は、自然と親しむ機会が多くなります。
ところで、聖書には、「大自然」という言葉はありません。自然もまた、神様が創られたものに過ぎないからです。偉大なのは自然ではなくて、それを創造された神様である、というのが、聖書の理解なんです。
旧約聖書にあります詩編8編は、その冒頭で、天地万物を創られた神様を次のように讃えています。「主よ、わたしたちの主よ あなたの御名は、いかに力強く 全地に満ちていることでしょう。天に輝くあなたの威光をたたえます」(詩編8:2)
実は、この詩編が謳われたのは、ユダの国がバビロンに滅ぼされて、捕囚民として連行されていた「バビロン捕囚」と呼ばれる期間であったと言われています。ですから、この詩を詠んだ信仰者は、国を失い、捕囚民という惨めな奴隷の立場で尚、主なる神の御名が遍く全地に響き渡っている、その信仰に立っているのです。
冷静に考えますと、これは大変なことだと思うんです。この古代という時代にあって、捕囚民の神が世界を支配しているなんて、お笑い種もいいところで、むしろ、地上の覇権を握っている国の神が、そのまま世界を支配している、これが、この時代の常識であったからです。
ですから、今この詩編を詠んでいる信仰者は、八方塞がりのような状況に置かれて、しかし、その立場で、聖書の神を仰いでいるわけです。ここに、信仰の本質があります。
私たちも、八方塞がり、と言えるような立場に置かれることはしばしばあります。しかし、八方塞がりであっても、天は開いています。これが、「天に輝くあなたの威光をたたえます」と謳える信仰なのです。
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