8月13日(木) ヨハネ20章
「わたしの主、わたしの神よ」と言った。イエスはトマスに言われた。「わたしを見たから信じたのか。見ないのに信じる人は、幸いである。」日本聖書協会『聖書 新共同訳』ヨハネによる福音書 20章28-29節
復活された主イエスが現れたとき不在だったトマスは、他の弟子たちから復活の知らせを聞いても信じませんでした。しかし、再び現れた主が釘の跡と脇腹を示してくださると、彼は復活を信じ、「わたしの主、わたしの神よ」と信仰を告白しました。最初は復活を疑ったトマスでしたが、復活の主に出会った後、多くの人びとをキリストへと導き、ついには福音宣教のために殉教したと伝えられています。
復活の主イエスは「見ないのに信じる人は、幸いである」と語られます。これは単にトマス個人を責める言葉ではなく、弟子たちの後の世代、すなわち復活の主を直接見ることのできないすべての人びとに向かっての言葉です。むしろ、御言葉をとおして主の復活を信じるすべての信仰者への祝福の宣言でしょう。
信仰とは、見たら信じるという条件つきの確信ではありません。復活の主は、四十日にわたって弟子たちに現れ、聖書を紐解いてご自分について解き明かされました(ルカ24章27節)。弟子たちの証言は、復活の主を目撃したという証言であると同時に、その主が聖書から説き明かしてくださった御言葉の証言でもあります。私たちはこの証言に立って、見ないで信じるのです。
【祈り】
わたしの主、わたしの神よ。主イエスの復活を証しする者とならせてください。アーメン




