
高内信嗣(銚子栄光教会牧師)
メッセージ:憐れみの器
おはようございます。銚子栄光教会の高内信嗣です。
随分前ですが、2019年から2020年に放送されていました、NHK連続テレビ小説の「スカーレット」という作品があります。この作品は、主人公・川原喜美子の陶芸家としての生涯を描いています。
彼女が陶芸家になったのは、小さい時の出会いがきっかけでした。捨てられた焼き物の残骸の中から、一つの欠片を見つけたことです。他の人から見たら、それは何の価値もないように見えるでしょうが、彼女には、その欠片が輝いて見えました。
苦しいことも、辛いことも、欠片を見ることによって慰められました。そして彼女は、その欠片との出会いによって、自分自身を磨いていきました。そして、自分の中にある本物の宝物である才能を磨いていったのです。
聖書の中に、陶芸のたとえを用いている箇所があります。陶芸家は、自分の作った作品に対して、それを大切にすることも、捨てることもできます。それは自分が作ったものなので、本人の自由です。そして聖書は、人間がそのように、陶芸家である神に捨てられるはずの焼き物であった、と語っています(ローマ9:21-22参照)。
でも聖書は、次のように記しています。「神はわたしたちを憐れみの器として…召し出してくださいました。」(ローマ9:24)神に捨てられるはずの焼き物の欠片である私たちが、神の憐れみによって救い出されたのです。
つまり、私たちの存在には価値がある、ということです。たとえ自分が捨てられた欠片のような存在だと思ったとしても、神の目から見れば、それは素晴らしい欠片なのです。愛されている存在なのです。
神は、今日もあなたを愛しておられます。自分の価値を見つめつつ、今日も生きていきたいと思います。
※あさのことばのプレゼント締切はその週の土曜日です。









