赤石純也(青葉台キリスト教会牧師)
メッセージ:エデンの東
おはようございます。青葉台キリスト教会の牧師の赤石純也です。
聖書によると、アダムが、「禁断の木の実」、つまり、「善悪の知識の木の実」を食べたとき、その善悪の知識は、妻を悪として責めることに直結してしまいました(創世記3:11-12参照)。そのときアダムは、エデンの園から追放されました(創世記3:23参照)。エデンの東、さすらいの地をさまよう人生になってしまいました。
かつて、ジェームズ・ディーンの「エデンの東」という映画がありました。さまよう若者の姿を見事に描いていましたが、私たちの人生の荒れ野も、エデンの東にあるといっていいかもしれません。
「妻が悪い」と妻を悪としたり、「夫が悪い」と夫を悪として、命の園から追放されたとき、私たちの人生は、いわば荒れ野です。アダムの子、カインという人もまた、自分を善とするプライドを傷つけられたとき、兄弟を殺しました(創世記4:8参照)。私たちも、実は、妻の心を殺し、夫の心を殺し、子どもの心を殺しているのかもしれません。エデンの東に追放され、さまよっているのかもしれません。
しかし聖書は、こんなことをいいます。エデンの園の入口は、実は、その東にこそ向いているというのです(創世記3:24参照)。追放されて、エデンの東、人生の荒れ野をさまよっているあなたの方に、エデンの正面の入口は向いている、というのです。そこからは、園の中央にあるあの「命の木」、イエス・キリストへの道が一直線に通じています。
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