久保浩文(松山教会牧師)
メッセージ:実りある人生へ
【高知放送】
【南海放送】
おはようございます。愛媛県松山市にある松山教会牧師の久保浩文です。
私たち日本人は、昔から勤勉な国民であると言われます。諸外国の人たちの目から見ても、日本人程よく働く国民は、他に類を見ないと言われています。
確かに、日本人は、早朝から夜遅くまで実によく働きます。時間外、休日労働が多くなり、健康障害や過労死のことが取りざたされて、ようやく過重労働が問題視され、働き方改革が提唱されるようになりました。一時期、新型コロナウイルス感染症の影響もあり、労働時間が減少しましたが、再び、増加傾向にあります。
では、私たちは、何のために働くのでしょうか。ただ生活の糧を得るためだけに心血を注いでいるとしたら、私たちの働きは、空しいものです。そこには、何の喜びも希望も見出せず、ただ疲労だけが残ります。
聖書に、「シモン・ペトロ」と言う人が出てきます。ペトロは、ガリラヤ湖で漁師をしていました。彼は、幼い頃より舟に乗り、自由に舟を操って意気揚々と漁をしていました。しかし、ある日、ペトロは大きな挫折を経験しました。彼は、仲間と共に夜通し苦労をして働いたのに、一匹の魚も獲ることが出来なかったのです。
ガリラヤ湖は、いわば彼にとっては自分の庭のような場所であり、魚がいそうな場所と時間をよく知っていました。彼は、この日も、ここぞと思う場所に見当をつけて、網を下ろしました。そして、長年の経験とあらゆる技術を駆使して、漁をしました。しかも、一晩中です。徹夜でチャレンジして、一匹も魚がかからなかったというのは、全く惨めで、彼のプライドが大きく傷つけられた出来事でした。
朝になり、太陽光線が水面に眩いばかりに照り付けはじめ、漁が出来ない時間になり、大きな敗北感の中で、彼は、次の漁に備えて空しく網を繕いました。自分が習得している技術、知識、経験を活かして努力をしてみても、期待していた程の成果が得られないこと、疲労と空しさの中で網を洗うしかないこと、ここに、人間の知識、経験の限界があるのではないでしょうか。
私達は、順風満帆、意気盛んな時には感じなくても、いささかでも力の衰え、能力の限界を感じた時、挫折を経験した時、なすすべもなく呆然と立ち尽くすのです。この時のペトロが、まさにそうでした。
しかしこのペトロに、大きな変化が訪れました。主イエス・キリストが彼の許に来られ、彼の舟に乗り、突然、「沖に漕ぎ出して網を降ろし、漁をしなさい」(ルカ5:4)と言われたのです。イエスのこの唐突な言葉に、ペトロは、一瞬とまどいました。それは、漁師の経験からして、漁をするには一番適さない時刻であったからです。
しかしペトロは、「お言葉ですから、網を降ろしてみましょう」(ルカ5:5)とイエスの言葉に従いました。結果は、ペトロの予想に反して大漁でした。舟が傾くほどの魚を前にして、彼は、目の前のお方を恐れました。主イエスは彼に、「恐れることはない。今から後、あなたは人間をとる漁師になる。」(ルカ5:10)と言われました。この言葉に、ペトロは全てを捨てて、イエスに従って行きました。
ペトロのこれからの人生は、イエスを信じて、イエスの言葉に従っていく生き方、空しい人生から、希望と喜びのある人生へと変えられました。私達も、イエス・キリストを信じて従うならば、有意義な喜びある人生を歩むことが出来るのです。
※ホームページでは音楽著作権の関係上、一部をカットして放送しています。