2月20日(木) ヘブライ13章
だから、わたしたちは、イエスが受けられた辱めを担い、宿営の外に出て、そのみもとに赴こうではありませんか。日本聖書協会『聖書 新共同訳』 ヘブライ13章13節
13章は、私たちが互いに愛し合うことの勧めで始まっています。それに続く言葉は、マタイによる福音書25章で示される最も小さい者への奉仕を思わせます。たとえば「ある人たちは、気づかずに天使たちをもてなし」ですとか、「自分も一緒に捕らわれているつもりで、牢に捕らわれている人たちを思いやり」というように、です。
このような勧めは、ただそれ自体としての善い行いを目的にしたものではありません。それは6節の「主はわたしの助け手。わたしは恐れない」という詩編の言葉に基づいて生きた信仰の先輩たちを見習いなさい、との勧めと結びついています。私たちもまた、今ここに神が共にいてくださることを生活で体験するのです。
そのような私たちの生き方の中心にあるのは、「きのうも今日も、また永遠に変わることのない方」主イエスです(8節)。そして、この主イエスは「門の外で苦難に遭われ」ました(12節)。これは十字架のことです。同じように、私たちにも弟子として背負う自分の十字架があります。それは日常生活において出会う具体的な関わりにおいてです。そこで私たちは宿営の外で自らを献げた主イエスを仰ぎ、自分も宿営という盾の外にある者として愛に生きるのです。
【祈り】 神よ、あなたは私たちを、変わることのない主イエスによって支えてくださいますから感謝します。