あさのことば

教会にゆだねられたこと

放送日
2021年1月26日(火)
お話し
尾崎純(光が丘キリスト教会牧師)

尾崎純(光が丘キリスト教会牧師)

メッセージ: 教会にゆだねられたこと

 いかがお過ごしでしょうか。東京練馬の光が丘キリスト教会で牧師をしております、尾崎純と申します。

 マタイによる福音書の9章1節からの場面で、イエス様は体が麻痺した人を癒します。そして、その場面の最後の8節に「群衆はこれを見て恐ろしくなり、人間にこれほどの権威をゆだねられた神を賛美した。」と書かれています。ここに「人間にこれほどの権威をゆだねられた」とありますが、この「人間に」という言葉は、元々の意味は「人々に」という意味です。つまり、この権威を与えられているのはイエス様だけではないのです。この時に神の権威を現したのはイエス様お一人ですが、弟子たちにも同じ権威がゆだねられていることが、ここに示されているのです。

 イエス様はこの時、罪を赦す権威を現しました。同じように弟子たちも、「あなたの罪は赦される」と宣言していくのです。これは大胆なことであるように思われるかもしれません。しかし、私たちはそれを信じて行なって良いのです。

 聖書では、教会とはキリストの体であると言われます。ですから、教会が罪の赦しを宣言する時には、キリストが現したのと同じように、神の権威が現れるのです。

 そもそも教会に集う私たちは、教会で罪を赦されました。罪の赦しをいただいた私たちが、それを宣言していくのです。私たち自身に現された神の権威を、私たちも現していくのです。神様は神の権威を、私たちにゆだねてくださっているのです。

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