あさのことば

イエスの優しさとは 1イエスの軛

放送日
2020年1月26日(日)
お話し
野島邦夫(国立聖書教会牧師)

野島邦夫(国立聖書教会牧師)

メッセージ: イエスの優しさとは 1イエスの軛

 いかがお過ごしでしょうか。国立聖書教会の野島邦夫です。
 あなたは、イエス・キリストってどんなイメージ?と訊かれたら、どう答えられますか。愛の人、寛容な人、すべてを赦す人、優しい人、などの言葉がすぐに出てきそうです。

 まさにそのようなイエス像と重なるのが、「疲れた者、重荷を負う者は、誰でも私のもとに来なさい。休ませてあげよう。」というイエスの言葉です(マタイ11:28)。この言葉は人をほっとさせます。それで、よく教会の標語に使われます。国立聖書教会の正面上の看板にも大きな字で書いてあります。

 実はこの聖句は「私は柔和で謙遜な者だから、私の軛を負い、私に学びなさい。そうすれば、安らぎが得られる。」と続きます(同11:29)。ところがここまでは書いてありません。ここまで書いている教会を見たことありません。長くなるからでしょうか。そうではなく、むしろ「軛を負え」とあるからのようです。軛は馬車などで、荷車と馬などを結び付ける横木のことです。ここに牛の首を当てて引かせます。人を束縛するもの、苦しいもののシンボルです。とても安らぎとは相いれません。だからここまで書かれないのでしょう。

 しかし、これが聖書の教える通りのイエスです。私たちがイメージしがちな優しいイエスはイエスの半面でしかないようです。今回のシリーズではこのことを考えます。

全ての番組からランダムに
  1. 教会の誕生日

  2. エゼキエル43章 栄光の神の帰還

  3. すべてを成し遂げてくださる神

  4. イエスによって語られたみ言葉

  5. しるしと不思議な業(使徒5:12-16)

  6. そのままでいいんだよ

  7. 聖家族 (ヘブライ 10:18)

  8. なぜ自分の力を使わないのか

  9. 1コリント4章 わたしに倣う者になりなさい

  10. エレミヤ46章 神の僕よ、恐れるな