あさのことば

武蔵野の街道

放送日
2019年7月31日(水)
お話し
中山仰(田無教会牧師)

中山仰(田無教会牧師)

メッセージ: 武蔵野の街道

 おはようございます。田無教会牧師の中山仰です。
 私の住んでいる教会の近くに青梅街道、新青梅街道、所沢街道、新所沢街道が放射状に伸びています。またそれらの街道と交差する五日市街道、新五日市街道、鎌倉街道、富士街道など実に迷路のように入り組んでいます。ですから出かけたときに簡単に戻れませんでした。

 では道ではなく、これが私たちの周りの人間関係や人生など生き方であったらどうでしょう。私たちの心は残念ながら複雑に絡み合い、でこぼこであったり、曲がりくねっているようです。そのために他人とぶつかり合い、つまずかせることでいさかいが絶えません。

 その昔神の民イスラエルは、神から離れ自分勝手なことをしている時に、バビロンという国へ連行され捕虜とされます。神は預言者イザヤを遣わして、再三説得しますが、彼らは神の言葉に耳を貸そうとしませんでした。そこでついに連行されて捕虜となってしまったのです。そのイザヤの預言の言葉のとおり、神は最後の手段として神の子イエス・キリストを遣わします。最後の預言者と言われるヨハネという人物は、キリストと同じ時期に現れ、この方の救いに預かるように、心の道を平らに、またまっすぐにするようにと民衆に迫ります。

 私たちの人生は曲がりくねっていたり、でこぼこであったりします。とても自分の力で修正することはできません。そこでイエス・キリストは身代わりとなられ、御自身が十字架で流された血潮をでこぼこの道に注ぎ込み、安心して生きて行きなさいと宣言されます。どんなに曲がっているような道でも、御自身の十字架で裂かれた体を投げ出して、通れるようにしてくださったのです。後はただ感謝して、信じてこのお方を踏み台にしてでもついて行くことだけではないでしょうか。

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