リジョイス聖書日課

イザヤ48章 初めでありまた終わりである神

聖書日課
2015年11月25日(水)

イザヤ48章 初めでありまた終わりである神

イスラエルの聖なる神
あなたを贖う主はこう言われる。
わたしは主、あなたの神
わたしはあなたを教えて力をもたせ
あなたを導いて道を行かせる。(イザヤ48:17)

 「ヤコブの家よ、これを聞け」と、神はご自分の民に呼びかけます。そう呼びかけられる神の民イスラエルは、口先ばかりの神の民でした。「まこともなく、恵みの業をすることもないのに、主の名をもって誓い、イスラエルの神の名を唱える者」たちです(1節)。彼らは神の契約の名であるイスラエルの名をもって呼ばれる者たちでありながら、現実の姿はその名にふさわしいとは言えません。神に逆らい続ける頑ななイスラエルの民は、神から滅ぼされてしまっても当然です。

 けれども、神はご自身の栄光のために、罪のうちに滅びそうなこの民を救います。昔、エジプトの国から彼らを救い出したように、今また、囚われの地、バビロンから彼らを解放します。しかも、そのことが起こる前に、彼らに未来を予告します。それは、ことが実現するときに、まことの神に正しく栄光を帰するためです。

 この章全体が指し示しているのは、単に神の民の頑なさではありません。それにもかかわらず、ご自身の栄光のために救いを実現する神の姿です。この神に対する私たちの正しい認識が私たちを豊かに生きていくことへと導いていきます。

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