あさのことば

罪とは「エゴイズム」である

放送日
2011年1月26日(水)
お話し
野島邦夫(国立聖書教会牧師)

野島邦夫(国立聖書教会牧師)

メッセージ: 罪とは「エゴイズム」である

 いかがお過ごしでしょうか、国立聖書教会の野島邦夫です。
 キリスト教の中心メッセージは「救い」です。何からの救いでしょうか。罪からの救いです。それでは罪とは何でしょうか。さまざまに言いあらわすことができます。今日は、罪を「エゴイズム」、自己中心という観点から考えてみましょう。

 「あなたはエゴイストだ」と言われて喜ぶ人はいないでしょう。傷つきます。腹立たしくなります。けれども、この自分はエゴイストではないと本当に言い切れるでしょうか。「いや、私は人を押しのけてまで利益を求めようとは思いません。他の人たちへの親切を心掛けています」とおっしゃるかもしれません。それは大切です。

 けれどもここで問題なのは、「イザという時にエゴイズムが頭をもたげないか」です。普段の生活ではエゴイズムは見えにくいことです。例えば古い話ですが、天下の大泥棒石川五右衛門が捕まって、その子ども共々釜茹での刑になった時、はじめは子どもを自分の頭の上に持ち上げて熱から守っていましたが、そのうち釜の底が耐え難い熱さになると子どもを沈めて踏み台にしました。

 もちろんコルベ神父のような立派な人もいます。この神父は、大戦中ナチの収容所に入れられました。事件があって同室の囚人の一人が餓死刑に処せられることになった時、コルベ神父は身代わりを申し出ました。皆様はコルベ神父になれそうですか、それなら今日の話は無用です。しかし、石川五右衛門のようになりそうだと思われる方へ―
キリスト教の救いとは、イエス・キリストの力によるエゴイズムの克服です。

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