全く聖なる者とされるとき | テサロニケの信徒への手紙一 5章

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テサロニケの信徒への手紙一 5章

どうか、平和の神御自身が、あなたがたを全く聖なる者としてくださいますように。…わたしたちの主イエス・キリストの来られるとき、非のうちどころのないものとしてくださいますように。日本聖書協会『聖書 新共同訳』 テサロニケの信徒への手紙一 5章23節

全く聖なる者とされるとき

私たちが聖なる者、非のうちどころのない者とされるときが来ます。それは私たちの主イエス・キリストの来られる再臨のときです。主イエスは私たちの罪のために十字架で死なれ、3日目に復活して、天に昇られ、いつかもう一度この世に来られます。

私たちがこの世の旅路を終えるとき、主を信じて亡くなった者の魂は、確かに、みもとで神にまみえるほど完全にきよくされています。そうではありますが、なおも体の完全な贖いを待ち望んでいます。この完成は、再臨に訪れます。

このとき主は神のご支配を完成され、父なる神に神の国を引き渡されます。主にあって召された者は復活の体を与えられ、再臨の主と出会い、いつまでも主と共にいるようになります。再臨の時に生きている者も、復活の体に変えられて聖なる者とされます。これが私たちに与えられる主の救いの完成です。

私たちは、この世にあっては、罪深さを嘆きながら歩みます。しかし、希望があります。ですから私たちは、すべてを主に委ね、主に赦されている罪人として、与えられた課題を懸命に果たし、きょうという日を生きるのです。

西田 三郎(新居浜伝道所)