立石章三(横浜中央教会牧師)
メッセージ: 祈りが聞かれるには 3
お元気ですか。横浜中央教会の立石です。
今日は祈りについて考えてみましょう。一生懸命祈ったのに、神様はちっともかなえてくださらないではないか。そう思うことが度々ありますね。しかしそんな時、わたしたちは自分の都合の良い解決方法を神様に押し付けてはいないでしょうか。
こんな詩をご紹介しましょう。これはニューヨーク州立大学病院の病室の壁に、ある患者が書き残したもので、神の慮り(おもんばかり)という題です。慮りとはご配慮とか神様の御心という意味です。
大きなことをなし遂げるために、力を与えてほしいと神に求めたのに、
謙虚さを学ぶようにと、弱さを授かった
より偉大なことができるようにと、健康を求めたのに、
より良きことができるようにと、病弱を与えられた
幸せになろうとして、富をもとめたのに、
賢明であるようにと、貧困を授かった
世の人々の称賛を得ようとして、成功を求めたのに、
得意にならないようにと、失敗を授かった
人生を楽しもうと、たくさんのものを求めたのに、
むしろ人生を味わうようにと、シンプルな生活を与えられた
求めたものは何一つとしてあたえられなかったが、
願いはすべて聞き届けられていた
わたしはあらゆる人の中で、もっとも豊かに祝福されたのだ
この方は長い闘病生活の中で、ついに人生の本当の意味を悟ったのです。わたしたちが祈る祈りはどうでしょうか。わたしは祈りの処方箋を神様に付きつけて祈っていないでしょうか。わたしたちもこんな祈りを覚えたいものです。
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