
小出昌司(高知教会牧師)
メッセージ:主の導きに従って
【高知放送】
【南海放送】
おはようございます。高知市の「とさでん上町4丁目」電停を南に入ってすぐの、公園の裏にある改革派高知教会牧師の小出昌司です。
30年ほど前の話になりますが、当時の私は、食品スーパーのテナントとして小売業を営んでいましたから、クリスチャンとはいえ、日曜日も休みなく働いていました。なんとか教会学校の奉仕を続けていましたが、開店前には仕事に戻らなければなりませんでしたから、日曜礼拝に出席することはできませんでした。
そんな時、滋賀の会社からお誘いをいただいたので、日曜が定休日であることに惹かれて、生まれてから50年を過ごした故郷を離れました。見知らぬ地に転地することは冒険でしたが、日曜の休日が保証され、日曜日ごとに礼拝に出席できる喜びが決断を早めました。
滋賀で近くの教会に転会して、教会生活を始めることができた時の喜びは大きかったのですが、僅か4ヶ月経ったクリスマスイブの夜のことです。南国育ちの私が経験したことのない、雪の中でのキャロリングに参加した時に、口から、真っ白な雪の上に鮮血が飛び出しました。その時の衝撃は今も覚えていますし、雪の白さと真っ赤な鮮血のコントラストは、今も目に焼き付いています。
吐血ではなく、喀血であることは分かっていましたから、深刻な思いで、深夜に近くの病院に行きました。当直医が呼吸器外科の部長であったことが神のご配慮であったと信じることができたのは、あとになってからのことですが、転地して初めての年末年始を、病院のベッドで過ごすことになりました。検査の結果は、懸念していた肺癌でも肺結核でもなく、気管支炎による喀血という診断でしたから、安堵させられて、お正月明けに退院しました。
退院後はまた慣れぬ仕事に復帰しましたが、以後5回の入退院を繰り返す中で、ある日これまでにない喀血に見舞われ、そのまま仕事を続けて行くことは無理、と判断して、辞職してハローワーク通いを始めました。しかし、特殊な技能のない55歳の私に適した職はなく、悶々とした日を送っていました。
ある日、何気なく「エレミヤ書」を読んでいるとる、それが私に向かって語られているように思いました。「神さまが私を呼んでいてくださる」との思いが深められて、牧師として働きたいという思いを強くし、このことを妻に打ち明けました。
東京の神学研修所で学びを始めた私は、3年3ヶ月の単身生活を続けていましたが、あれほど繰り返していた喀血はピタリと止み、健康が保たれました。それだけではなく、難解なヘブル語やギリシャ語も、辞書を引きながらであれ、なんとか聖書を読むことができるようになりました。そして、あちこちの教会に派遣される中で、実地訓練を重ねることができ、今老齢ながら、高知教会で、神さまから与えられた務めに就いています。
どなたの人生にも転機が訪れますが、その転機を自分のものすることができるのも、逃がしてしまうのも、あなたの決断です。そして、その決断の手助けとなり、指針となるのが、聖書の言葉です。今日、お近くの教会に出席されて、読んでいただけではわからない聖書の説き明かしを聞いて、あなたの人生と生活の道しるべにされてはいかがでしょうか。
今日の一日が、あなたにとって良い日となるようお祈りしています。
※ホームページでは音楽著作権の関係上、一部をカットして放送しています。



