8月1日(土) 詩編133編
見よ、兄弟が共に座っている。
なんという恵み、なんという喜び。
日本聖書協会『聖書 新共同訳』詩編 133編1節
「共に座る」ことは、どれほど大きな恵みであり、喜びでしょうか。たとえば、劇場や競技場、あるいは食堂などで誰かと共に座ることは、日常的によくあることです。親しい人と共に座ることも確かに喜びでしょう。
しかし、ここで詩人が語っているのは、単なる同席ではありません。共に座っている人は、たとえ好みが違っても、あるいはそれまで一度も会ったことがなくても、自分と同じ信仰を言い表している人なのです。彼らが特定の場所に共に座っていることも重要です。「シオンで、主は布告された、祝福と、とこしえの命を」とあります(3節)。そこは、主が臨在しておられ、主の祝福ととこしえの命が布告された場所であるシオンです。彼らは一緒に神礼拝をささげて、共に座っています。共に座る隣の人は、神に選ばれた民であり、同じ信仰を告白し、神を賛美し、主の御言葉に耳を傾ける人びとです。ダビデは彼らを主にある兄弟姉妹と呼び、その美しさに感動して、「見よ、兄弟が共に座っている。何という恵み、なんという喜び」と歌っているのです。
神御自身が、私たちを召し出して、兄弟姉妹として結び合わせ、共に礼拝する民として造り上げてくださいます。ダビデが感じたように、今、私たちも、礼拝をとおして恵みと喜びを味わう者とされています。
【祈り】
主よ、あなたに召されて共に礼拝する恵みと喜びで満たしてください。



