10月9日(木) コヘレト2章
人間にとって最も良いのは、飲み食いし
自分の労苦によって魂を満足させること。
しかしそれも、わたしの見たところでは
神の手からいただくもの。
日本聖書協会『聖書 新共同訳』コヘレトの言葉2章24節
コヘレトは王としての富と財を用いて地上のあらゆる快楽に身を委ねてみました。それによって人間が幸せになれるのではないかと考えたからです。今でも、お金さえあれば幸せになれると思う人はあるでしょう。貧しい暮らしに疲れていればなおさらです。大昔にそれを実践してみたのがコヘレトです。この世の富を追いかけるにも苦労がいりましたが、彼はそれも楽しかったと言っています(10節)。しかし、願いを叶えてひととき達成感にひたったとしても、よくよく考えてみると、それも「空しい」のが、賢者の試みの結果でした。
「空しい」という言葉は、創世記の「カインとアベル」の話に登場する「アベル」の名と同じで、「蒸気、息」を意味します。弟アベルは兄の妬みを買い、野原で若い命を奪われました。人間を襲う死は誰にも等しく訪れます。コヘレトのように努力して賢くなろうと、反発して狂気と愚かさに身を委ねようと、賢者にも愚者にも死は訪れ、命ばかりでなくその名も永遠に地上に留めることはできません。アベルの名のとおり、その命は蒸気のように空中に消え去ります。
そのような人生の中で感じ取ることのできる神の恵みは、自分で労苦し、自分で飲み食いすることだと、コヘレトは率直に告白します。
【祈り】
日々、自分で働く力と生活を養うことのできる恵みを、すべての人にお与えください。