杉山昌樹(上福岡教会牧師)
メッセージ:人とつながる
いかがお過ごしですか。上福岡教会の杉山です。
聖書には、重い皮膚病を患った人が登場します。当時は、今と違い、伝染性の重い皮膚病に対して、なすすべがありませんでした。完全に隔離し、治るのを待つ、という以上の対策がありませんでした。聖書の規定でも、隔離して、治癒を待つ、という以上の対策がありませんでした。そこで問題になるのは、重い皮膚病にかかった人は、そのまま、社会的な関係を失い、悲惨な状況に置かれることです。
ある時、重い皮膚病を患った人が、イエスを訪ねました。もちろん、いやしを求めてです。するとイエスは、深く憐れんで、手を差し伸べ、その人に触れ、「清くなれ」(マルコ1:41)と告げました。この場合の「清くなれ」という言葉は、病を「汚れ」と理解した、当時の習慣によるものです。そして、この「汚れ」という言葉こそ、人との関わりを困難にする言葉でした。
イエスは、自ら汚れた人に触れて、自分自身も「汚れ」を身に受けることをしています。しかし、それで終わらず、「清くなれ」と命じることで、「汚れ」を取り除いたと、聖書は告げています。それは、関係の修復です。当時の社会制度では、「清くなった人」は、祭司に体を見せて、病が癒されたことを証明してもらい、もう一度、人々との関係の中に入るのです。
そこで見えてくることがあります。それは、このような病のいやしは、それで終わりではなく、イエスは、壊れた人間関係、分断された人たち、互いを避けていた人たちを再びつなげた人だった、という事実です。そして現在ほど、このような力が求められている時代はないのかもしれません。