リジョイス聖書日課

ヨハネ11章1-44節 立ち上がって私たちの墓石を取り除け

放送日
2026年3月22日(日)
お話し
相馬伸郎(名古屋岩の上教会牧師)

3月22日(日) ヨハネ11章1-44節

イエスは、「もし信じるなら、神の栄光が見られると、言っておいたではないか」と言われた。
日本聖書協会『聖書 新共同訳』ヨハネによる福音書 11章40節

 主に愛されたラザロは、今、腐臭を放つ遺体として、暗い墓穴に納められています。人は皆、いつか死を迎えます。そこで宗教が生まれます。避けられない死の別れを乗り越えようとする、人類の知恵の結晶です。優れた宗教者は、死を共に悲しむ共感力に優れた人だと言えるでしょう。主イエスもまた、共に涙を流されました。

 ところが主イエスは、同時に憤りを覚えておられます。死は、本来、私たちの敵だからです。神に反抗する罪によって入り込んだものだからです。もう一つは、彼らが主イエスを理解せず、不信仰だからです。マリアは、「あの時イエスさまがいてくださったなら、兄弟は死ななかったのに」と訴えました。しかし主イエスは、ラザロをはじめ私たち信じる者から一瞬たりとも離れることはありません。

 ラザロは、今を生きる私たちのために、主イエスの証人として立ち上がらせられます。主イエスに愛された者の生も死も、悲しみも喜びも、すべて神の栄光を現すものとされます。何故なら、彼は「復活(立ちあがり)」そのもの、「いのち」そのものだからです。主は、今も、私たちと教会に向かって、絶望から「出て来なさい」と招かれます。

 【祈り】

 生と死の唯一の支配者でいらっしゃる命の主よ。あなたが共にいてくだされば、私たちも立ち上がれます。今朝、力をあわせ、私たちと教会の墓石を取り除けさせてください。