
新井主一(高島平キリスト教会牧師)
メッセージ:天国の慰め〜moreではなくてmost〜
おはようございます。高島平キリスト教会牧師の新井主一です。
クリスチャンであっても、やはり人の死は悲しいものです。聖書のヨハネの黙示録では、信仰者が天国で生きている状態が、「彼らの目の涙をことごとくぬぐい取ってくださる。もはや死はなく、もはや悲しみも嘆きも労苦もない。」(ヨハネの黙示録21:4)と謳われていて、これは、多くの信仰者を慰めてきた言葉です。
しかしどうして、この聖書の言葉が大きな慰めとなって、私たちの胸に響くのでしょうか。それは、私たちは涙を流すからです。私たちは、死に怯え、悲しみ、嘆き、日々の労働に疲れ果てているからです。
聖書全体で明確にされているのは、信仰者であっても、これらの苦しみや悲しみを免れない、ということです。私たちは、大切な肉親や友人の死を前に、「もっと美味いものを食べさせてあげたかった」とか、「もっと遠くに連れて行ってあげたかった」とか、地上的な幸福に目を向けて、悲しくなります。
しかし、今天で新しく生活を始めた彼らは、この「もっと〜」からも解放されていて、最高の状態…「more」ではなくて「most」…にあるんです。
私たちは、いくら頑張っても、やはり「more」が精一杯です。例えば、大好きな父さん、母さんに、あるいは子どもたちに、一体何ができただろう、とふと立ち止まることはありませんか。結局わたしは、どんなに頑張っても、誰の涙を拭い去ることもできなければ、死からも、悲しみからも、嘆きからも、労苦からも、誰一人として解放してあげることなどできない。できないんです。
しかし、それが、先に天に召されていった私の大切な方のその生活の中で、今実現している。イエスを信じる以上、必ず実現しているのです。私たちが一生かけてもできなかったことを、主なる神は、一瞬にして実現してくださった。天国の慰めは、ここにもあります。
※あさのことばのプレゼント締切はその週の土曜日です。









