1月12日(月) サムエル下6章
ウザに対して主は怒りを発し、この過失のゆえに神はその場で彼を打たれた。ウザは神の箱の傍らで死んだ。
日本聖書協会『聖書 新共同訳』サムエル記下 6章7節
エルサレムを都に定めたダビデは、早速そこに神の箱を搬入することを試みます。しかし、そこで思いもよらぬアクシデントが起こりました。神の箱を載せた車を引く牛がよろめいたので、傍らにいたウザという若者が、神の箱が落ちないようにとっさに手で押さえたのです。この行為に神は怒りを発し、ウザを打たれました。当然、彼は善意で行ったのに、どうして神の手にかかり命まで絶たれてしまったのでしょうか。それは、神にお節介はいらないからです。主なる神は、人が手助けしなければ起き上がれない偶像ではなくて(サム上5章2~4節参照)、全知全能の生けるまことの神なのです。ウザはまるで偶像を運んでいるかのように神の箱に寄り添っていたのです。
再度、神の箱をエルサレムに運ぶときには、先頭に立って「主の御前でダビデは力のかぎり踊った」と聖書は記します(14節)。それは妃であるサウルの娘ミカルが蔑むほどでした(16節)。そのダビデの姿は民全体に波及し、「ダビデとイスラエルの家はこぞって喜びの叫びをあげ、角笛を吹き鳴らして、主の箱を運び上げ」ました(15節)。
主の御前で大切なのは、お節介ではなくて、ただ信じて力の限り賛美することです。主なる神を私たちの物差しで測ってはならないのです。
【祈り】
私たちの思いを遥かに超えた主のご存在を力の限り賛美いたします。









