8月1日(金) エゼキエル18章
「犯したあらゆる背きを投げ捨てて、新しい心と新しい霊を造り出せ。イスラエルの家よ、どうしてお前たちは死んでよいだろうか。」
日本聖書協会『聖書 新共同訳』エゼキエル書18章31節
2節にある「先祖が酸いぶどうを食べれば子孫の歯が浮く」ということわざは、当時広く行きわたっていました。これは、今自分たちが受けている苦難の原因と責任は、自分たちよりも前の世代にあるというものです。この考えにより、自分が犯した罪の責任が他に転嫁されてしまいます。また、罪を悔い改めることもなくなります。さらにそれは、自分たちには不可避なことであるとの運命論的な悲観主義の原因となっていました。さらに、前世代の罪により自分たちを罰せられる主なる神に対しての不満がこめられています。
しかし、主なる神は、「わたしはお前たちひとりひとりをその道に従って裁く」(30節)と各人の責任を問われ、各人を個別に裁くと言われています。裁きを受けるのは自らが犯した罪のためである、罪の責任は自らにあるとします。さらに、主なる神は「あらゆる背きを投げ捨てて、新しい心と新しい霊を造り出せ」(31節)、「お前たちは立ち帰って、生きよ」(32節)と、罪を捨て、悔い改めて、主なる神に立ち帰り、生きることを求めておられます。
ですから、私たちは、それぞれが自らの責任を他者に転嫁することなく、日ごとに自らの罪を自覚し、その罪を悔い改め、信仰を新たにして、主に従って歩んでいきたいと思います。
【祈り】
主よ、どうか私たちに新しい心と霊を与えてください。アーメン