牧野信成(長野まきば教会)
メッセージ:続・旧約聖書の女性たち 快活なディナ~女性の自立性を阻む暴力
おはようございます。長野まきば教会の牧野信成です。
昨年の8月に続き、「旧約聖書の女性たち」をお送りします。聖書に、女性はあまり登場しません。けれども、重要な役割を担う女性たちが多くいます。
今日は、創世記に登場する「ディナ」を取り上げましょう。12人の男兄弟たちの間にいるヤコブの娘です。彼女に関する大きなエピソードが、創世記に残されています(創世記34:1-31参照)。あるとき彼女は、「土地の娘たちに会いに出かけ」(創世記34:1)ます。この「出かける」という言葉の含みから、ユダヤの古い伝統において、ディナに「ヤツァイット」というあだ名がつけられました。「おてんば娘」とでも訳しましょうか。
土地の女の子と一緒に遊びに出かけたのでしょうが、そこで、シケムという青年に見初められます。彼は土地の首長の息子でしたから、王子様のような身分です。シケムは無理やりディナをものにしてしまったのですが、シケムは本気だったようで、彼女を妻にしたいと、ヤコブとその息子たちに懇願しました。
妹を凌辱された兄弟たちは、激怒して、復讐の機会を狙っていました。まずシケムとその父ハモルに、「一族全員が割礼を受けること」を条件に、彼らの願いを受け入れました。すると、シケムとその一族は、本当に割礼を行うのですが、その痛みもまだ止まぬ内に、ディナの兄にあたるシメオンとレビが、シケムたち一族を皆殺しにしたのです。
凌辱されたディナの葛藤は、一切描かれません。積極性を発揮する快活なディナを取り巻く暴力も、イスラエルが内に秘める恐るべき暴力も、神に選ばれながらも、罪に腐敗した現実の世界を生きねばならなかった姿を、赤裸々に伝えています。