リジョイス聖書日課

マタイ2章1-23節 瓦礫の中におられるキリスト

聖書日課
2024年12月26日(木)

マタイ2章1-23節 瓦礫の中におられるキリスト

預言者たちを通して言われていたことが実現するためであった。(マタイ2:23)

主イエス・キリストの降誕。それはすべての人びとにとっての、喜びの知らせです。その降誕は暗闇の中でひっそりと実現しました。主イエスの生涯の始まりは暗闇と、その中にある罪の悲惨に囲まれていました。

占星術の学者たちにだまされたと知ったヘロデ王は、怒りに燃え、ベツレヘムとその周辺にいた2歳以下の男の子を殺させます(16節)。権力者が、自らの権力に対する脅威への不安と憎悪から、残忍な手を下す。ヘロデ王の幼児虐殺は、今も続く、人の罪の悲惨な現実を映し出します。

例年のこの季節、ベツレヘムは、多くの観光客で賑わいます。しかし、昨年の同じ頃、クリスマス行事は中止となりました。例年きらびやかに飾られるツリーの代わりに、瓦礫で作られたモニュメントの真ん中に、乳飲み子の人形が置かれました。

目を覆いたくなるような罪の現実。しかしマタイは、その悲惨の中に、「預言者を通して言われていたことが実現するためであった」と、救いの御業を綴ります。救い主は、祝宴の席でもなく、罪の悲惨の真ん中に来られたのです。

権威も力も富も無い、乳飲み子の姿で、罪の悲惨に、神の独り子が降りて来られた。ここに、神の御心が、ここに、クリスマスの喜びがあります。

【祈り】 私たちの罪の悲惨に、独り子をお遣わしくださり、ありがとうございます。