リジョイス聖書日課

申命記17章 神に仕える王として

聖書日課
2016年2月3日(水)

申命記17章 神に仕える王として

彼が王位についたならば、レビ人である祭司のもとにある原本からこの律法の写しを作り、それを自分の傍らに置き、生きている限り読み返し、神なる主を畏れることを学び、この律法のすべての言葉とこれらの掟を忠実に守らねばならない。(申命記17:18-19)

 イスラエルの王は、神の僕であり、諸国の王とは全く異なる存在です。もともとイスラエルには王はいませんでした。神が王として神の民を治められるからです。ですから、神が王を立てよと命じられたわけではありません。

 しかし、後の時代に周囲の敵に対応するため、人びとは王を求めるようになり、神はこれを許容されます。そのときを見越して、神は「あなたの神、主が選ばれる者を王としなさい」と命じられました(15節)。そして立てられた王に「律法の写しを作り、それを自分の傍らに置き、生きている限り読み返し、神なる主を畏れることを学び、この律法のすべての言葉とこれらの掟を忠実に守らねばならない」と命じられます。王は神を畏れ、神の教えに従って、託された使命を果たす神の僕です。

 私たちは王ではありませんが、それぞれ家庭や職場等で大切な責任と役割を持っています。地位や名誉もあるかもしれません。そこで、私たちは、どのように力を発揮するのか。神の僕たる私たちは神を畏れて、託された使命を果たします。

コントローラ


自動再生されない方はこちらから再生(mp3形式)

新着番組

  1. サムエル下4章 「殺すな」が機能しない人殺しの民

  2. 信仰と現実社会、どう向き合うか(マタイによる福音書22:15–22)

  3. 本当の祈りとは

  4. 自分は頼りにできない

  5. サムエル下3章 人は死んでも神の言葉は生きている