魂を看取る者の心得 | テモテへの手紙一 5章

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テモテへの手紙一 5章

老人を叱ってはなりません。むしろ、自分の父親と思って諭しなさい。…年老いた婦人は母親と思い…諭しなさい。テモテへの手紙一 5章1節~2節

魂を看取る者の心得

自分の父母を思うと、晴れやかな感謝よりも、重苦しい後悔にかられてしまいます。父の最期の瞬間に立ち会うことはできませんでした。表情が薄くなってゆく母の心を察するのも難しくなりました。命の看取りをする者は、積み重なる後悔を、未来永劫、背負っていかなければなりません。これもまた、強いられた恩寵でしょうか。

親の期待を裏切ってキリストの僕になったとすれば、パウロが父母を看取ることはなかったでしょう。それを自分の十字架としたであろう彼には、教会の中に「母」と呼べる人がいました。ルフォスの母です。「彼女はわたしにとっても母なのです」とあります(ロマ16章13節、マルコ15章21節も参照)。教会という大家族で、息子としてできることがありました。それは「魂を看取る」ことです。

牧会者パウロが後継者テモテに語るのは、魂を看取る者の心得です。教会の父母の福音理解が深まるよう「自分の傍らに招き、諭す」。牧師や兄弟姉妹のために祈ってくださいと「頼み、促す」。最期まで主イエスに信頼するよう「慰め、励ます」。この尊い務めです。

二宮 創(太田伝道所)