
大木信(坂出飯山教会牧師)
メッセージ:全てのものを造られる神
【高知放送】
【南海放送】
おはようございます。坂出飯山教会の牧師、大木信です。
9月も半ばとなりました。そろそろ夏の疲れが出て来る方もおられるかもしれません。どうぞあなたの健康が守られますように、とお祈りしております。
ここ数年を思い返しますと、9月の中旬と言えば、まだまだ残暑厳しい時かもしれませんが、一方で、秋の味覚と言いますか、美味しいものがたくさん出回る時期になりました。例えばマツタケやサンマとか、あるいは栗やさつま芋とか、フルーツですと梨の時期でもあるでしょうか、挙げ始めると嬉しくなってくるぐらいの、美味しいものであふれる時期ですね。若い頃よりは食べる量が減ったため、量よりも質になってきた私ですが、それでも、美味しいもの好きの身としては嬉しい季節です。
でも今日は、そんな美味しい食べ物のお話だけして終わり、なのではありません。私たちに、春夏秋冬、四季を与え、素晴らしい風景と共に、素晴らしい食べ物を与えて下さる方、これらの食べ物をあなたの目の前に用意して、「今日も生きなさい」と言ってくださる方について、少しの時間、耳を傾けてくださればと思います。
イエス様を信じるクリスチャンは、実は、神さまが私たちのために食卓を整えてくださる方だ、ということを知っています。神は、食卓を整えることで、あなたに「今日も生きなさい。キリストを信じる者として生きなさい。」と力を与えて下さっています。
例えば、「わたしを苦しめる者を前にしても あなたはわたしに食卓を整えてくださる。」(詩編23:5)、このような聖書の言葉がありますように、苦しめる者がたとえ目の前にいるような生活、悩み多き生活をあなたがしている時であっても、神は、あなたに三度三度の食事を整えて下さる。つまり、食事の度ごとに、神を思い起こすことが出来る生活。たとえ悩みは多くても、嘆きはあっても、神は、わたしたちと共におられる。この生活へと神が導いておいでであること。決して神無き生活ではない。食事を通して、この事を気づかせてくださるのです。
だからです。クリスチャンは、食事の前にお祈りをしてから頂きます。食卓は、もちろん色々な人々の手を通って、つまり、収穫があり、加工があり、物流があり、家族による料理など、まさに多くの手が加わって、それぞれの苦労があって、今、わたしの目の前にご飯が整っている。けれども、これらはみな、神がお許しくださってのものだ。本当の意味でこの私を養おうとしておられるのは、神さまだ。私は神さまから、今、実りと共に恵みもいただいて、今日も生きていく。
これらのことを覚えて、食事の前に神に感謝し、祈るのです。この私に命を与え、「生きなさい」と言われ、また一番良い時に命を奪うことができるお方。この神に感謝を覚えながら、祈るのです。
9月の時期ですから、食べ物の実りや収穫を通して、あるいは、四季の移り変わり、「秋はつるべおとし」と言われるまたとない夕暮れなどを通して、それらを皆お造りになった神に感謝して、歩みたいと思います。どうぞ皆さん、美味しいものがたくさんだからといって暴飲暴食をして、夏の疲れが出ませんように、気を付けてお過ごしください。
最後に御言葉を朗読して、終わりといたします。詩編23編5節「わたしを苦しめる者を前にしても あなたはわたしに食卓を整えてくださる。」
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