
唐見敏徳(忠海教会牧師)
メッセージ:熊と羊と羊飼い
【高知放送】
【南海放送】
「キリストへの時間」をお聴きの皆さん、おはようございます。広島県竹原市にあります忠海教会牧師の唐見です。
ここ数年、熊による被害のニュースをよく耳にするようになりました。環境省の発表によれば、2025年の熊による被害件数は216件、被害人数は238人、死亡者数は13人。現行の形式になった2008年以降、最悪の数字となっています。
単純に被害件数が増えているだけではありません。これまではほとんど発生しなかった住宅地や商業施設などを、堂々と熊が歩いている様子が多数報道されています。広島でも、北の山間部だけでなく、人口100万の広島市内に出没しています。私は高校まで広島市内で過ごしていたのですが、当時、熊の注意喚起のニュースを耳にしたことはありませんでした。猪や鹿もそうですが、ここ数十年の間に、私たちの気づかないところで、彼らの生態系に大きな変化が起きていた、ということですね。
聖書の中にも、熊が描かれている個所がいくつかあります。獅子と一緒に描かれることが多く、基本的に凶暴で恐ろしい動物として、また、残虐さのメタファーとして登場します。グロテスクな場面ですけれども、旧約聖書の中に、次のように記されています。「エリシャはそこからベテルに上った。彼が道を上って行くと、町から小さい子供たちが出て来て彼を嘲り、『はげ頭、上って行け。はげ頭、上って行け』と言った。エリシャが振り向いてにらみつけ、主の名によって彼らを呪うと、森の中から二頭の熊が現れ、子供たちのうちの四十二人を引き裂いた。」(列王下2:23-24)
現代のわたしたちにとって、テディベアやくまのプーさんなどから、熊に対して、かわいらしい、やさしいなどのイメージがありますが、野生の熊にそれは通用しません。動物園以外の場所で熊に遭遇するということは、命の危機を意味します。想像したくありませんが、もし、不意に熊に出くわしてしまったら、あなたはどうしますか。
熊の出没する場所には近づかない、というのが一番です。しかし、そうせざるを得ない状況もあります。仕事柄、どうしても熊との遭遇を避けられない人々もいます。聖書に登場する羊飼いたちは、そのような人々です。聖書に次のように書かれています。「しかし、ダビデは言った。『僕は、父の羊を飼う者です。獅子や熊が出て来て群れの中から羊を奪い取ることがあります。そのときには、追いかけて打ちかかり、その口から羊を取り戻します。向かって来れば、たてがみをつかみ、打ち殺してしまいます。』」(サムエル17:34-35)
これは、まだ少年だったダビデが、巨人ゴリアトと戦う前のワンシーンです。ダビデは、これまで群れの羊を狙う熊を倒してきたように、ペリシテ人ゴリアトを倒すと宣言し、実際にそのようになります。一般の人では到底まねすることのできない、ダビデの勇敢さを示すエピソードのひとつです。もし、わたしたちがどこかで熊に遭遇したとしても、熊を倒してくれるダビデのような誰かがいれば、心配することはありません。
ここで、熊を、「人生における危機」と考えてみたらどうでしょう。わたしたちの人生には、病気や怪我、家庭や仕事において、さまざまな危機に遭遇する可能性があります。熊に遭遇しないための最もよい対策は、そもそも熊の出没する場所に近づかないことです。しかし、今や熊は、人里はなれた山の中だけではなく、わたしたちが普通に生活する街中に出没することがあるのです。人生の危機も同様に、どれほど細心の注意を払ってそれを避けようとしても、100%防ぐことはできません。
聖書が語るまことの神は、あなたが人生の危機に直面する時、あなたを守ってくださるお方です。ダビデが群れの羊を熊の襲撃から守ったように、主なる神は、大切なあなたが人生の危機に襲われる時に必ず守ってくださる、まことの羊飼いです。
「主は羊飼い、わたしには何も欠けることがない。主はわたしを青草の原に休ませ 憩いの水のほとりに伴い 魂を生き返らせてくださる。主は御名にふさわしく わたしを正しい道に導かれる。」(詩編23:1-3)
もし、あなたがこの主なる神を羊飼いとして受け入れて人生を歩むとき、もはや恐れることは何もありません。
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