
長谷川はるひ(新潟教会牧師)
メッセージ:暗唱聖句
いかがお過ごしですか。新潟教会牧師、長谷川はるひです。
私は、キリスト教会付属の幼稚園に行っていました。高校に入学したとき、何人かの幼稚園の同級生に再会しました。小学校6年・中学校3年を経て、9年ぶりの再会です。そのうちの一人が、「今でも言えるよ」と言って、暗唱聖句を唱え始めました。
「自分にしてほしいと思うことは、人にもその通りにしなさい」(ルカ6:31参照)
「善をもって悪に勝ちなさい」(ローマ12:21)
「しらがは栄えの冠である」(箴言16:31・口語訳)
「野の花がどうして育つのか考えてごらんなさい」(マタイ6:28参照)
「ひとりのみどりご我らのために生まれたもうた」(イザヤ9:5参照)
「イエス・キリスト罪人を救うために世に来られた」(1テモテ1:15参照)
「神は愛である」(1ヨハネ4:16・口語訳)
「聖書は神さまのお言葉です」(2テモテ3:16参照)
暗唱聖句とは、聖書の言葉を暗唱することですが、キリスト教の学校でよく行われます。キリスト教の幼稚園では、小さな子ども達が、最初はたどたどしく先生の言葉を復唱し、あっという間に覚えて、元気に唱えるようになります。そして、わたしの同級生達は、高校生になってもそれを覚えていました。
意味が分からなくても、リズムがよくて覚えているものもあるし、生活の中で自分がどう行動するのかの基準になっているものもあると、その子達は言っていました。
今週は、幼稚園で覚えた暗唱聖句についてお話しします。
新約聖書テモテへの手紙二3章16節「聖書はすべて神の霊の導きの下に書かれ、人を教え、戒め、誤りを正し、義に導く訓練をするうえに有益です。」
※あさのことばのプレゼント締切はその週の土曜日です。




